夜中のひと匙

難病と双極性障害Ⅰ型のアラサー。死にかけてICUに収容されるも、しぶとく生き残る。母を亡くす。拍手を暫定復活しました。

血縁はパンストより薄い

こまごまと思うことなど。

嫌な人、面倒くさい人、腹が立つ人など色々いますが、そういう人にかけられた迷惑を考えていて、ふと過去に自分が同じことを他人にしていたことに気づき、ああそれであの人はわたしから離れたのかと合点がいくと、目の前の人を見ながら、さぞかし厭だったんだろうなあと思って、もう付き合いも無い過去の友人に同情しました。

人間の答えは人間にしか無いというか、ぐるぐる巡って、いま目の前の人はいつその答えに出会うのかなと思い、わたしは縁を切ろうとまでは思わないことから、昔の自分はよほどだったのかと、自分で自分が嫌になります。

結婚していなくてよかったと思います。

負け惜しみ発言、すっぱい葡萄のようですが、結婚していたら絶対に離婚していたと思います。

甘えて当然という気持ち、むらっ気、被害者意識の強さで、男性がわたしと一緒にいられるわけがない。

被害者意識ということを、幼児虐待の事件について話す山田詠美さんの対談で読みました。

『登場人物全員が被害者意識をもっている』というような内容だったと思います。

虐待の場面だけではなくて、ふだんの自分のトラブルにも当てはまるんですよね。そこにいる全員が自分こそ被害者だと思っていて、だから話が全く建設的に進まない。

『自分が一番つらい、自分が一番我慢している、自分が一番苦労している』と自己肯定することで頑張れる時もありますが、それで他人と勝ち負けをしていたら何にもならない。勝ち負けをするなら、この地球上でたった一人しか『辛い』と言えなくなる。

そういう人に辛さを訴えると『みんなそう』論法でかわされることが多いなと思います。

「今の時代、みんなそういうことで悩んでるよ」

「みんな辛いけど我慢してる」

「みんなそうなんだから」

という返しですね。

悲劇のヒロインになってる場合の返しはこれでいいと思いますが、そうじゃない時にこれで返してくる人は、『自分こそが一番苦労している』と思っているんじゃないですかね。そもそも話を聞く気がない場合もありますが。取りあいたくない、流したい時にも「みんなそんなもんじゃなーい?」は多用されます。

ルームシェアって何ですかね。

恋愛関係にない男女ふたりきりの長期にわたるルームシェアは、世間的に見て内縁関係と区別するのが難しいと思うし、日本の風土からいってあまり理解できないかなと思います。どうしても『へ〜えぇ』と思ってしまう。ゲスの勘ぐりと言われても、「ルームシェアが終わるまで見てるからな」と思ってしまう。「それで何も無かったら謝るわ」と。

お正月か。

前段を受けてなんですけど、離婚した父親が転居に伴い今年から女性と住んでるんですよ。ルームシェアだって言うんですけど、我が家の片付けに連れてこようとしたり、外食に誘われた先にいる(断った)とか、きわめつけに「年末年始はこっちに泊まりに来て3人で」と言われ、何がしたいのかなーと思いますね。母が死んで1年足らず、わたしにその訳のわからない女とどうしろというんでしょうか。

しかしまあ、娘は全く男のオの字もない人生を送っているのに、よーやるわと思いますね。世の中には男と女だけだと(LGBTは除く)昔からいいますけど、わたしの生きてる世界には男なんかいないんだけどなあ。

母親が生きてたら「病気と障害の娘を独り放って女と住んでるの!?はっ!クズだね」と言っただろうなあ。

母親はまあ母親で問題のある人でしたけど、少なくとも家族でした。一緒に暮らしてくれたという感覚があります。

身内にも男にも縁のない人生、このままだと孤独死ですが、最後くらい親戚に迷惑かけてもいいだろと開き直っています。金はよけとくから、イトコ頼むわ。