夜中のひと匙

難病と双極性障害Ⅰ型のアラサー。放射線治療経験済み。死にかけてICUに収容されるも、しぶとく生き残る。御用のある方はサイドバーのメールフォームからお願いします。拍手ボタンは遥か下へ。ついったー→@azusa_tsubuyakiも宜しくです。

そして今もお腹痛い

母の治療方針が決まって、まずは少し入院することになりました。

わたしはこれまで20回くらい入院してるので、持ち物やお風呂のことなどアドバイス。母は盲腸の手術くらいしか入院したことない人ですから。

今週受診した際に、主治医から治療法の選択肢について詳しく説明を受けて、どれにするか選んだ(もちろん標準治療というオススメはありますが)のですが、先生も最初は母に説明していたものの、もう早い段階から母がポゲー(゜゜)状態になっていたので、あとはずっと母を通り越してわたしが説明を聞き、ノートをとり、質問をするという感じでした。うちの母はなんというか、「よく分かんないけど重いものならいっぱい持てます!」みたいな肉体派として生きてきたので、単語が彼女のまわりをぐるぐる回っているのが背後からもよく分かりました。

いったん診察室を出て、治療法について考える時間を貰ったのですが、もう全く母親は理解できていなかったので、簡単に平易な言葉でポイントだけ説明しなおして、それで母親が治療法を選択しました。

母いわく「あーちゃんがいなかったら、何も意味が分からないまま先生の言う通りにするしかなかった」とのことで、子供は生んでおくべきですねえ。わたしは自分の老後が怖いですよ。わたしの老後には誰もいないですからねえ。

話がそれましたが、病気や治療法の理解は、それこそ患者自身が医師であれば最高レベルの理解をできるんでしょうけれど、そこまではいかなくても、個々の患者のレベルに合わせた理解をさせて、患者本人に決めさせるのがいいとわたしは思います。もちろん認知機能に障害があって、どう考えても不利な選択をしているケースなんかは別だと思いますが。母が選んだのは結局、先生が一番に挙げた治療法でしたが、「分からないけど先生が言うなら」で決めるより、その人なりの把握と納得と決断があったほうが、治療にも向き合えるんじゃないかと思います。

それでは拍手お返事です。

8/24の方。

>野菜ジュースと缶ジュースと〜

お母さんとの日常が戻りますように〜

コメントありがとうございます!

リュックに7キロ、左右のエコバッグに5キロずつみたいな感じでいつも買い出しに行ってます。

医療の進歩と神様の慈悲を期待してわたしは頑張ります。

8/26の方。

1リットルの涙

無理なさらず〜倒れないように温存〜

杏紗さんが発信する言葉を私は心に響かせて〜

1リットルの涙』はあまりにも若い発病で、医療事情も今とは違うことから辛い場面がたくさんありましたね。

自分の話になりますが昨夜、夜中に腹痛で目を覚まし、厭な予感がしたので予め安定剤を飲んでからトイレに入ったのですが、案の定、腹痛&下痢の迷走神経反射を起こしそうになりました。月に一度くらいのペースで起こるので、この頃はただの下痢で済む時と迷走神経反射までいきそうな時がなんとなく予想できるようになってきて、まずそうな時はとにかく安定剤を飲んでからトイレに入るようにしたら、倒れるところまではいかなくなりました。さらに非常に申し訳ないと思いつつ眠っている母親の部屋に行くと、なんか気配が伝わったのか母親がはっと目を覚ましてくれたので、「ごめん、やばいくらいお腹痛いから起きてもらえる?」と頼んで、トイレに入ると酷い腹痛&ザーッと血が下がるような感覚があって、何度か出た

り入ったりの繰り返し。母親ももう慣れたのでわたしの部屋から血圧計を持ってきて、湯たんぽも用意してくれていました。

その後は血圧もそれほど下がらずに済み、ラッキーなことに安定剤の強い眠気がきて、居間のソファでうつらうつらしてきたので部屋に引き上げました。

布団に寝た後、いつの会話か分からないのですが、「あたしがこんな状態だから、ストレスと常に気を張っているせいでこんなことになって」と母親が言っているのが聞こえました。ほとんど眠りながら聞いていたので、そんなことないよーとか言って眠ってしまったような気がします。

長々と書いてしまいましたが、だから仰る通り、無理をしてわたしが倒れるとそれが結局母親を責めることになるんですよね。

持病がいくつもあって人並みに何もできない無職独身の一人娘を、母親が今どう思っているかと想像すると、せめて結婚していれば少しは安心させられたのかと思います。どんなふうに精神的に不安定になるかもずっと母親は見てきているので、きっと母親自身がその打撃になってしまうのが辛いんだと思います。

いつも入院するのはわたしで、母親は面会に来てくれていて、でもきっともう、わたしが入院しても母親は面会に来ないでしょう。

わたしは正直、親より自分が先に死ぬと思っていました。それは最後まで子供として甘えたまま終われる、楽な道だったと思います。

その他の方もぱちぱちありがとうございました。